2025.08.21スマレボ創業ストーリー
#6 「米澤さん、やってくれへんか」 ~素人だった私が、赤字ホテルの経営に挑んだ日~

こんにちは。株式会社スマレボ代表の米澤です。
前回は、ある経営者から「あなたはいくらを目指しているんだ?」と、プロとしての気概を問われた出会いについてお話ししました。『そんな覚悟で、仕事をするつもりか!』という叱咤にも似た激励を受け、私はコンサルタントとして、そして一人の経営者として腹を括り、会社設立を決意したのです。
しかし、世の中とは面白いものです。まるで天がその覚悟のほどを試すかのように、決意した矢先に、私の人生を根底から揺るがすような、あまりにも大きな挑戦状が叩きつけられたのでした。
他人事の報告、凍りつく会議室
その日、私は顧問先の会長との定例の収支報告会議に出席していました。不動産会社の女性チームが大きな成功を収めて以来、会長は私に絶大な信頼を寄せてくださり、様々な相談を持ちかけてくれるようになっていたのです。
この日の議題は、会長がオーナーを務めるホテルの経営状況について。私はホテルのフロントの社員教育に関わり始め、この頃には経営会議にも参加するようになっていました。
重い議題であることは、会議室に足を踏み入れた瞬間の空気ですぐに分かりました。
席には支配人も同席していましたが、彼の口から語られる言葉に、私は耳を疑いました。
「今月も、300万円の赤字です」
その口調は、まるで天気予報でも読み上げるかのように淡々としていました。
莫大な赤字額を報告しているにもかかわらず、彼の表情からは危機感も、悔しさも、そして改善に向けた具体的な意志も全く感じられません。ただ、そこにある事実を述べているだけ。完全に他人事なのです。
その報告を聞いた瞬間、それまで静かに腕を組んでいた会長の表情が、みるみる険しくなっていくのが分かりました。厳しい声で支配人に問いかけます。
「一体いつになったらこのホテルは黒字になるんや?」
「はあ……赤字のホテル再建には、5年ほどかかりますから」と淡々と話す支配人。
悪びれるでもなく、他人事のような言葉を繰り返すばかりの支配人に、会長があきれたように言い放ったのです。
「もうええわ。帰ってくれ」
低く、しかし部屋全体に響き渡る声で、会長は支配人の言葉を遮りました。その一言で、支配人は弾かれたようにお辞儀をし、足早に会議室から出ていきました。
がらんとした一人分の椅子が、まるでこのホテルの未来を暗示しているかのように、空虚に見えました。重い沈黙の中、会長が絞り出すように呟きました。
「米澤さん、あの支配人では無理やわ。雇われではなく、経営者が自分のホテルとして必死にならんと、あのホテルの再建はできへんわ」
そして、そのあと会長の口から信じられない言葉が続いたのです。
「ホテルの経営をやってくれへんか?」
「米澤さん、このホテルの経営を、やってくれへんか?」
一瞬、時が止まったように感じました。あまりに突拍子もない言葉に、思考が追いつきません。
ホテル経営の経験は、私には全くありません。
不動産の営業を教えたことはありますが、それはあくまでコンサルタントとしての立場から。ホテル経営なんて全く未知の領域です。
「私が、ですか?」
驚いて、思わず聞き返していました。
素人集団をトップチームに引き上げた実績を買ってくれているのかもしれない。しかし、今回は次元が違います。130室もの客室があるビジネスホテルの経営そのものを、丸ごと任せたいというのですから。
混乱する私の心中を察してか、会長は静かに続けました。
「米澤さんなら、できそうな気がするんや」
その眼差しは、確かな期待に満ちていました。
「それ、誰にでもある話じゃないですよ」
あまりのことに即答できず、その話は一旦持ち帰らせていただくことにしました。
その時の心境は、未経験のホテル経営なんて引き受けるわけもなく、当然断るつもりで、どのようにお断りしようかと考えていたのです。
事務所に戻った私は、まるで何かに憑かれたように、事務員へ今あった出来事を語り始めました。
「びっくりしたー!とんでもないことになっちゃって。会長から、あのホテルの経営をやってくれないかって言われたの!」
私の言葉を聞いた彼女は、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしましたが、すぐにその表情は驚きから感嘆へと変わりました。
「えっ、すごいじゃないですか!」
「いやいや、すごくないよ!私、ホテルのことなんて何も知らないのよ!?」
突然の話に驚いている私とは対照的に、彼女はとても冷静でした。そして、彼女が放った言葉が、私の心を強く打ったのです。
「社長、普通に考えて、ホテル経営の経験も全くない人に、いきなりそんな大きな仕事を任せるなんて、ありえない話ですよ」
彼女はまっすぐ私の目を見て言いました。
彼女は、私が個人事業主から法人成りしたときから働いてくれている事務員です。
「残業をするのは能力が低い証拠。仕事は勤務時間内に終わらせるものです」と言い切り、いかに質の高い仕事を効率よく時間内に終わらせるかを重視する、頼もしい存在でした。
もちろん、彼女にもホテル勤務の経験はありません。
私一人では、未経験のホテル経営なんて到底無理だと思いました。
でも、もしも彼女が手伝ってくれるのなら、できるかもしれない。そう思ったのです。
「ホテル経営、手伝ってくれるの?」
そう尋ねる私に、彼女は即答しました。
「やってみたいです」
その言葉は、まるで霧の中に差し込んだ一筋の光のようでした。そうだ、これは無茶な要求なのではない。これは、私がこれまで築き上げてきた信頼の証であり、とてつもなく大きなチャンスなのだと。彼女の客観的な一言が、私の視点を180度変えてくれたのです。
覚悟を決めて、未知の海へ
未経験のホテル経営を引き受けようと覚悟を決めたのには、理由がありました。
ここまで私を信頼し、大きなチャンスを与えてくれた会長の役に立ちたい。その期待に何としてでも応えたい。この挑戦を受けて立つことこそが、会長への恩返しになると考えたのです。
思考が切り替わった瞬間、私は椅子から立ち上がっていました。具体的な再建策があるわけではありません。
しかし、それ以上に「やってやろうじゃないか」という強い気持ちが、体の内側から湧き上がってくるのを感じました。
その足で再び会長のもとへ向かい、まっすぐに目を見て「ホテルの話、お引き受けします」と伝えたのです。
こうして、2014年2月、ホテル経験ゼロの私が、赤字ホテルの再建という未知の海へ漕ぎ出すことが決まったのです。
しかし、その先には、フロントスタッフの総退職という、想像を絶するドタバタ劇が待ち受けていました……。
私の物語は、まだまだ続きます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
そして2014年4月1日。私たちはなんとか、新体制でのオープンの日を迎えます。
しかし、そんな私たちを待ち受けていたのは、初日から「会計が8万円も合わない」という、新たなトラブルの発生でした……。
赤字ホテルの再建という航海は、まさに波乱の幕開けとなったのです。
果たして、寄せ集めの素人集団は、この危機を乗り越えることができたのか。
その奮闘は、次回【第8話】でお話しします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。